僕が今まで見た中で一番美しかったもの…。
それは、上の娘が生まれた時、その娘の顔を最初に見せられた時の妻の顔だ。
母親になって、最初のまなざし。
あんなに優しい目は、他に見たことがない。なみだをにじませながら、きらきらしていた妻の瞳。できることなら、そのまま指輪の宝石にして、永遠に残したいほどだった。
決して「のろけ」ではなく。
きっと世界中の父親が、同じ感動を経験しているのだろう。
ルネッサンスのころ、最も人気のあった主題は『聖母子像』(幼子キリストを抱いたマリアの姿)だったというが、わかる気がする。
今も昔も、無償の愛ほど、人の心を動かすものはない。どんなことがあっても、信じて、相手のしあわせのために尽くしていく無償の愛。それを目に見える形であらわそうとしたとき、やはり人は母と子どもの姿を思い浮かべるのだろう。
それは、人種や民族や宗教に関係なく、すべての人類が共通に味わった確かな「愛」の体験。
…そんなことを考えさせられたのは、次から次へと起こる家族の惨劇がきっかけだ。血のつながった家族、近く結ばれていたはずの親族のいのちを、いとも簡単に奪ってしまう人々。
でも、この人たちも、きっと生まれた時は、あの母のまなざしを受けて生まれたんだろうな…とふと思って。
どうして、あんなふうになってしまうのかな…。
詩を書きました。
『生まれた頃の君へ』

「愛」だったり、「優」しさだったり。
「誠」実だったり、「真」実だったり。
「賢」かったり、「希」みだったり。
「勇」ましかったり、「大」きかったり…。
名前に込められた想いがあるね。
新聞に出てくる罪を犯した人々の名前…。
信じられない惨劇を起こした人たちの名前にすら
「悪」や「罪」などの文字は見えない。
罪を犯したその人が
15歳にしろ、
40歳にしろ、
ひとりで辿りついたわけじゃない。
お乳を飲ませて、おしめを替えた
誰かの愛情があったはず…。
すくなくとも
君たちにつけられた名前を見れば
見えてくるんだ…
…生まれたばかりの君を見つめたまなざしが…
赤ちゃんポストに捨てられる子どもですら、
受け止めてくれる看護士さんの胸があるから、
その小さな息遣いをつなげることができるんだ。
罪を犯してひかれていく人々の姿をみながら
それでも 僕は憎みきる事ができない…
どうして
どうして
君はそんなふうになってしまったんだろう
本当は君は悪い子なんかじゃない
少なくとも
誰かの胸に抱かれていた頃
君はたしかに
世界で一番
「いい子」だったはずなんだ…。
HPのほうにもupしました。⇒
『生まれた頃の君へ』Link、および全体的なレイアウトも変更しました。
よろしくです。
母の強さ。そしてどんなやつでも最初は
愛され生まれてきたのだと。そして私が思うのは名前。
名前は、親の唯一の愛の形だと思います。
絵も素敵。
乙武さんの本を思い出しました。
手足がなくて生まれてきた。おとちゃん。
母が最初に発した言葉は、
『まあ、可愛い』だったそうです。
そして彼はあんなにも立派に生きていて。
母の愛が彼をあそこまで強くしたのだと思います。
乙武さんのお母さんのエピソードには、胸をうたれますね。
すべてをつつみこむお母さんの愛情…。
ちょっと、変な話ですが、もうひとつ妻に関するエピソードで、「母はすごい」と感じたことがあります。
おむつを替えてあげようとしているとき、赤ん坊なので、じたばたして蹴ってくるのはいつものことですが、勢いよくおしっこを妻の顔にかけてきたときがありました。
そのとき、妻が「あら、元気、元気ー!」と笑いながら言った瞬間、なんだか心の中で「おーっ」と思って拍手してしまいました。
僕ならどうかなー?妻はすごく嬉しそうでした。
変な話でごめんなさいね!